sin(x)/xの極限を矛盾なく証明してみる
お久しぶりです。書き残しておきたいネタができたので、書くことにしました。
さて、以下のような定理があります。
\begin{align}
\lim_{x \to 0} \frac{\sin(x)}{x} = 1 \tag{1}
\end{align}
数学において、最も有名な極限問題と言ってもいいと思います。読者のみなさんも、よく知っていることと思います。
なぜこんなにも知られているかと言えば、まず高校数学において登場するからでしょう。理系の方ならば、必ず通る道です。三角関数を微分するのにこの定理が必要になるので、その前に習うことになっていると思います。
教科書の極限の演習問題は、そのほとんどがあまり深い意味の無い演習用のものですが、この定理に関してはそういった出題背景なり、意義があるわけですね。
どのように証明をするか
ところで今回注目したいのは、この定理の証明手法です。
みなさんは、どのように習いましたでしょうか。
一番よくあるタイプが、幾何的に面積を用いて(1)の左辺を上下から評価する証明です。
高校数学の美しい物語さんの、こちらの記事にそのまま証明が記されています。
(以下、こちらの図を見ながら話をします)
しかしながら、一見正しいように思われるこの証明手法、時折「循環論法である」と言われたりします。さて、どこが怪しいのでしょうか。
何が矛盾しているのか
上記の証明において得られた、 < < という関係式は正しく成立しているものです。
問題となるのは、それを得る過程の方ですね。
この証明では、不等式を得るために三角形と扇形の面積の比較を行いました。では、面積の比較が間違っていたか?というと、そうではないですね。これら3つの図形の大小関係自体は、図より明らかなものとして良いでしょう。
この証明で怪しいポイントは、「それぞれの図形の面積ってどうやって計算されているの?」というところです。
三角形の面積は流石に認めてもよいと思いますが(四角形を半分にしただけですから)、扇形の面積はそれと比べて少し複雑です。
扇形の面積をどのように計算するかを思い出してみましょう。
まず、扇形は円の一部ですから、円の面積が必要ですね。
では、円の面積はどのように計算されているでしょうか。曲線に囲まれた部分の面積ですから、一般には積分で求めることになります。
実際に計算してみましょう。2次元の座標平面上の円を考えます。
円の面積をとすると、
\begin{align}
S = 4 \int_0^r \sqrt{r^2-x^2} dx
\end{align}
と書くことができます。と置換すると、となるので、
\begin{align}
4 \int_0^r \sqrt{r^2-x^2} dx = 4r^2 \int_0^{\frac{\pi}{2}} \cos^2 \theta d\theta
\end{align}
が得られます。ここで半角の公式を用いれば、
\begin{align}
4r^2 \int_0^{\frac{\pi}{2}} \cos^2 \theta d\theta &= 2r^2 \int_0^{\frac{\pi}{2}} \left( 1 + \cos 2\theta \right) d\theta \\
&= 2r^2 \left[ \theta + \frac{1}{2} \sin 2\theta \right]_0^{\frac{\pi}{2}} \\
&= \pi r^2
\end{align}
となり、が示せました。
さて、以上のように円の面積を計算しましたが、主に2つの道具を用いました。三角関数の微分と加法定理です。
……ん?微分?
そういうわけで、三角関数の微分には(1)の定理が必要なのに、その証明に三角関数の微分を用いているため循環論法である、と言われることがあります*1。
しかしながら、この指摘はどうやら誤りのようです。この記事を書くのにいくつか参考文献を読んでみましたが、円の面積は三角関数の微分という過程を踏むこと無く計算できる(らしい)*2ので、先程の証明は矛盾していないというのが一般論とされているみたいです。
とはいえ、この証明に文句が付くことがあるのも事実なので、今回の記事ではこれを回避して(1)の定理に別の証明を与えたいと思います。
面積を使うのをやめよう
先程の証明で何が怪しいかと言えば円の面積を使ったことなので、これを何かで代替できないか考えてみます。
(回避方法として、三角関数をMaclaurin級数により定義したり、微分方程式により定義したりすることもできますが、話が面白くなくなるのでここではこれは禁止としましょう)
面積じゃなくて、弧の長さを使ってみたらどうでしょうか。弧長の比較ならば、証明のアウトラインもそんなに大きく変わらずに済みそうです。
この証明方法も割とよくある手法で、以下のようなものです。
であるとします。
図において、線分AH < 弦AB < 弧AB < 線分CBという不等式が成立します。
線分AHは、弧ABは弧度法の定義より、線分CBはですので、すなわち
\begin{align}
\sin x < x < \tan x
\end{align}
が得られます。
これ以降は、面積を用いた証明と同様にして、(1)を示すことができます。
それは本当に自明ですか?
さて、矛盾を回避して証明ができました。と言いたいところですが。
上の証明は、実はかなり怪しいです。注意深い人や、数学に慣れている人ならば、「ん?」と思った箇所があるかもしれません。
しかも、インターネット上で循環論法を回避した証明として掲載されているのが、大抵この証明だったりするので、証明を書くのに参考にしようとしている人は注意しておいたほうが良いでしょう。
では、何が危ないのか。まあ一箇所しか無いんですが……。
上の証明において、「線分AH < 弦AB < 弧AB < 線分CB」という不等式を利用しました。この式をもう少し落ち着いて観察してみます。
下から評価を与える「線分AH < 弦AB < 弧AB」の方。これは確かに図から明らかとしても良さそうです。
しかし、一方で上から評価をしている部分である「弧AB < 線分CB」。これは本当に自明でしょうか?本当に弧ABより線分CBの方が長いと言えるでしょうか?
まあ、ネタバレしてしまうと「弧AB < 線分CB」という不等式自体は厳密に成立しているものなのですが、この不等式を証明で使いたいのならばもう少し長い話が必要になるでしょう(意外とこの不等式、示そうとすると面倒です)。
じゃあどう解決するかと言うと、上からの評価に線分CBを使うのをやめ、線分HA+線分HBを使うことにします。
曲線の長さの定義
本編の証明に入る前に、曲線の長さを扱うことになるのでこの話を先にしておきます。
基本はこちらのWikipediaの定義の項を読んでいただければよいです。
説明を読んだだけだと分かりづらいと思いますので、弧ABの長さを例にとってみます。
まず、先程の証明の図に座標を入れておきます。2次元座標系の単位円だとすると、ベクトルを用いて、と書けます。
次に、BからAまでの円周上の分点をとし、各点の座標をと書くことにします。
このとき弧ABの長さは、
\begin{align}
L = \lim_{\max_{0 \leq i \leq n-1} \| P_{i+1} - P_i \| \to 0} \sum_{i=0}^{n-1} \| P_{i+1} - P_i \| \tag{2}
\end{align}
で与えられます。
ここで、極限を単純にとしていない理由は、区間の分割の方法は何通りでもあるからです(別に等分割とは一言も言っていないことに注意)。
このため、Wikipediaの定義ではを使っており*3、私は最も長い分割の長さが0になるように、としています。
厳密に理解できていなくても、折れ線で曲線を近似することで長さを求めているんだな、と思っていただければ十分です。
定理の証明
(記号の混同を避けるため、扇形の中心角をに書き換えています)
上でも言ったとおり < は認めても良いと思いますので、弧ABの長さを上から評価する部分から書いていきます。
前の節と同様に集合を定義しておきます。
このとき、以下のようにを定義すると、三角不等式より
\begin{align}
l := \sum_{i=0}^{n-1} \| P_{i+1} - P_i \| \leq \sum_{i=0}^{n-1} \left( |x_{i+1} - x_i| + |y_{i+1} - y_i| \right)
\end{align}
が得られます。ユークリッド距離とマンハッタン距離の比較と見てもいいかもしれません。
ここで、と仮定すると、この範囲では必ず < かつ > が成り立つので絶対値を外すことができ、
\begin{align}
\sum_{i=0}^{n-1} \left( |x_{i+1} - x_i| + |y_{i+1} - y_i| \right) = x_0 - x_n + y_n - y_0
\end{align}
が従います。の定義よりだったので、は線分HBの長さ、は線分HAの長さとなり、すなわち
\begin{align}
x_0 - x_n + y_n - y_0 = 1 - \cos \theta + \sin \theta
\end{align}
が分かりました。ここまでの結果を合わせると、
\begin{align}
l \leq 1 - \cos \theta + \sin \theta
\end{align}
という不等式を得ます。ここからもう少し変形します。
\begin{align}
l &\leq 1 - \cos \theta + \sin \theta \\
&\leq 1 - \cos^2 \theta + \sin \theta \\
&= \sin^2 \theta + \sin \theta \\
&= \sin \theta (\sin \theta + 1)
\end{align}
ここで、曲線の長さの定義からとすればは弧ABの長さに等しくなるので、
\begin{align}
\theta \leq \sin \theta (\sin \theta + 1)
\end{align}
が成り立つことが分かりました。
既に得られていた結果と合わせると、
\begin{align}
\sin \theta < \theta \leq \sin \theta (\sin \theta + 1)
\end{align}
となるので、より全体をで割れば、
\begin{align}
1 < \frac{\theta}{\sin \theta} \leq \sin \theta + 1
\end{align}
が得られます。
従って、とすればはさみうちの原理より
\begin{align}
\lim_{\theta \to +0} \frac{\sin \theta}{\theta} = 1
\end{align}
が示されました。(が負の場合は省略)