Holograph1c Attract0r

日々の数学やプログラミングに関係する話。

0.7390...の謎が解決できた話(後編)

この記事は、以下の記事の続きになります。

mikan-alpha.hatenablog.com

 

さて、前編ではThe Dottie Number(ドッティ数)という定数を紹介しました。
(定義などは前回の記事を参照ください)

既に証明したとおり超越数であるこの数ですが、Wikipediaによれば以下の形で表現できるということでした。

\begin{align}
\mathbf{d} = \sum_{n=0}^{\infty} a_n \pi ^ {2n+1}
\end{align}

(a_n)_n有理数の列です。
前回は、ここまでしか紹介しませんでした。さらに詳しく書くと、\mathbf{d} は以下の級数によって表すことができます。

これが、今回の証明のゴールでもあります。

Kaplan's Series.
\begin{align}
\mathbf{d} = \sum_{n=0}^{\infty} g^{(n)} (\frac{\pi}{2}) \frac{(- \pi) ^ n}{2^n n!}
\end{align}

ただし、関数 g^{(n)} は関数 f^{-1} を用いて以下のように定義されます。

\begin{align}
g^{(n)}(x) = \frac{d^n}{dx^n} f^{-1}(x)
\end{align}

ここで、f^{-1} は以下のように定義される関数 f逆関数です。

\begin{align}
f(x) = x - \cos x
\end{align}

……

「なんで g^{(n)} の定義こんなにめんどくさいんだ?」とか思いませんでしたか?
それはごもっともで、数式で書いてしまえばいいはずです。

ただ、それができない理由があります。

それは、f^{-1}数式で表現できないからです。

でもそうであるなら、なぜ上の級数は計算できるのでしょうか。

……これがですね、不思議なことに――証明すれば明らかになりますが―― x=\pi / 2 としたときは上手く計算できるのです。g^{(n)} という導関数自体を求めること無しに。

これは、今回の証明の中でも大きなポイントになります。

そして、実際に上の級数を計算すると以下のように書けることが知られています。

\begin{align}
\mathbf{d} = \frac{\pi}{4} - \frac{\pi ^ 3}{768} - \frac{\pi ^ 5}{61440} - \frac{43 \pi ^ 7}{165150720} - \cdots
\end{align}

これがWikipediaの式の正体です。

では、前置きはこれくらいにして実際に証明をしましょう。
以降、証明の中ではいつも通り敬体から常体になります。

ドッティ数の級数による表現 (By Kaplan)

f^{-1} のテイラー級数

以下で定義される関数 f を考える。

\begin{align}
f(x) = x - \cos x
\end{align}

ドッティ数の定義より、以下が成り立つ。

\begin{align}
f(\mathbf{d}) &= \mathbf{d} - \cos \mathbf{d} \\
&= \mathbf{d} - \mathbf{d} \\
&= 0
\end{align}

よって、f^{-1}(0) = \mathbf{d} を得る。
以降、便宜のため f^{-1} を g と表記する。

関数 g の直接的な定義式は無いが、テイラー級数を構成することができる*1

\begin{align}
g(x) = \sum_{n=0}^{\infty} g^{(n)}(c) \frac{(x-c) ^ n}{n!}
\end{align}

x=c まわりのテイラー級数の定義そのものである。
次に計算しやすいような定数 c を決定したい。

f のn次導関数

f の定義から、以下を得る。

\begin{align}
f(\frac{\pi}{2}) &= \frac{\pi}{2} - \cos \frac{\pi}{2} \\
&= \frac{\pi}{2} - 0 \\
&= \frac{\pi}{2}
\end{align}

すなわち、\pi / 2f および g不動点である。

f をn階微分する。

\begin{align}
f(x) &= x - \cos x \\
f^{\prime}(x) &= 1 + \sin x \\
f^{\prime \prime}(x) &= \cos x \\
\vdots \\
( \forall n > 1 ) \quad f^{(n)}(x) &= \frac{d^{n-2}}{dx^{n-2}} \cos x
\end{align}

したがって、f^{(n)}x=\pi / 2 における微分係数を決定することができ、その値は以下のようになる。

\begin{align}
f^{(0)}(\frac{\pi}{2}) &= \frac{\pi}{2} \\
f^{(1)}(\frac{\pi}{2}) &= 2 \\
f^{(2)}(\frac{\pi}{2}) &= 0 \\
f^{(3)}(\frac{\pi}{2}) &= -1 \\
f^{(4)}(\frac{\pi}{2}) &= 0 \\
f^{(5)}(\frac{\pi}{2}) &= 1 \\
f^{(6)}(\frac{\pi}{2}) &= 0 \\
f^{(7)}(\frac{\pi}{2}) &= -1 \\
\vdots
\end{align}

g のn次導関数

上で求めた f^{(n)}x=\pi / 2 における微分係数を用いて、g^{(n)}x=\pi / 2 における微分係数が計算可能である。

\begin{align}
f(g(x)) &= x \\
f'(g(x)) g'(x) &= 1 \\
g'(x) &= \frac{1}{f'(g(x))}
\end{align}

恒等式であれば、両辺を微分しても等式が成り立つことに注意する。

積の微分法則と合成関数の微分法則を繰り返し用いることで、g^{(n)} を求めることができる。以下、g^{(2)} と g^{(3)} の例である。

\begin{align}
f'(g(x)) g'(x) &= 1 \\
f'(g(x)) g^{(2)}(x) + f^{(2)}(g(x))g'(x)^2 &= 0 \\
g^{(2)}(x) &= - \frac{f^{(2)}(g(x))g'(x)^2}{f'(g(x))}
\end{align}

f:id:mikan_alpha:20190120210601p:plain

gの3次導関数
テイラー級数を解く

c=\pi / 2 として g のテイラー級数を求めたため、新しくテイラー級数を書き直すことができる。

\begin{align}
g(x) = \sum_{n=0}^{\infty} g^{(n)}(\frac{\pi}{2}) \frac{(x-\frac{\pi}{2}) ^ n}{n!}
\end{align}

ここで、x=0 を代入する*2ことで以下の式を得る。

\begin{align}
\mathbf{d} = \sum_{n=0}^{\infty} g^{(n)} (\frac{\pi}{2}) \frac{(- \pi) ^ n}{2^n n!}
\end{align}

先ほど計算した g^{(n)} を実際に代入することで次の級数を得る。

\begin{align}
\mathbf{d} = \frac{\pi}{2} - \frac{\pi}{4} + 0 - \frac{\pi ^ 3}{768} + 0 - \frac{\pi ^ 5}{61440} + 0 - \cdots
\end{align}

正の偶数番目の項は常に0であり、また最初の2項をまとめることで簡略化することができる。

\begin{align}
\mathbf{d} = \frac{\pi}{4} - \frac{\pi ^ 3}{768} - \frac{\pi ^ 5}{61440} - \cdots
\end{align}

補足や余談など

メインの証明は終了なので以下はコラムです。
ただ、そこそこ重要ではありますが。

まず1つめに、注釈でも書きましたが上の証明はテイラー展開する際の大前提である「gC^{\infty}級関数である」という条件の説明を省略しています。しかしながら、この証明には長いスペースは必要ありません。この g が無限回微分可能という事実は、逆函数定理というものによって保証されています。

逆函数定理 - Wikipedia

g'(x) が0となる点はたくさん存在しますが、適当にg'(a)が0でないような点aを持ってきてその近傍に含めてしまえば問題ありません。

極端な話、(-\infty, \infty) = \mathbb{R} を近傍とすればいいですからね。

あとはまた別な話で、ドッティ数を近似で求める方法なんですが、\cos x のマクローリン級数を使うこともできます。例えばこんな風に。

\begin{align}
1 - \frac{x^2}{2!} &= x \\
x^2 + 2x - 2 &= 0
\end{align}

これなら、ただ単純に2次方程式を解く問題に帰着します。これでも小数第二位まで近似ができます。
ただ問題なのは6次以上の項まで使ったときです。5次以上の方程式になってしまうので代数的に解けません。

そんなところで、今回の記事も終わりにしたいと思います。
次回の予定は大体決まっていて、ラマヌジャンの円周率公式あたりになるでしょう。

ということで、次回のキーワードはj-functionです!

では、お疲れ様でした。

参考文献

The Dottie Number · Ozaner

*1:暗黙にgが無限回微分可能関数であることを認めている

*2:x=0において右辺のテイラー級数とg(x)が一致することは未証明であることに注意